旅は恋人

青島の黄色いポストからの絵葉書は届いただろうか。また旅人になりたい。

秀吉の播州三木城攻め

2017.10のことです。

秀吉の三木城攻めに立ち会ってきました。
歴史に詳しいお方なら ご存知かと思います。

f:id:tabibitokun:20190624180525j:plain

兵庫・三木市の古城跡に立っている自分がいました。
信長方の羽柴秀吉竹中半兵衛播州の盟主・別所長治などに会えるかもしれない。

f:id:tabibitokun:20190624174907j:plain
城壁越しに見ると、遥か右向こうの山が羽柴秀吉軍の陣地です。

昔の繁栄した城下を見ることは叶いませんが、

今では自然豊かな故郷という感じの町並みです。

f:id:tabibitokun:20190624175422j:plain

1577年、羽柴秀吉は中国地方の平定を目指して奔走していました。
黒田官兵衛から姫路城を譲り受けた羽柴秀吉は、播磨国の攻略を始めました。
信長に催促されながら必死に頑張っている頃の話です。

f:id:tabibitokun:20190624180417j:plain

播州播磨地域最大の大名で20万石もの領土を持つ別所長春は、
織田信長方の秀吉に味方することになっていました。
しかし、1578年に別所長春は毛利方へと寝返りました。
信長の命礼で羽柴秀吉は、別所長治の籠もる三木城を包囲します。

f:id:tabibitokun:20190624180336j:plain

しかし、地形を味方にした三木城は簡単に攻略できません。
そこで、羽柴秀吉は三木城を孤立させ兵糧攻めにすることを決意します。
周囲の支城をひとつひとつ潰しにかかり、補給路の封鎖も行いました。

f:id:tabibitokun:20190624180907j:plain

f:id:tabibitokun:20190624181122j:plain

毛利方は三木城を助けようと兵糧を送り込むことに専念しますが、
そのつど秀吉に阻まれます。
食料の届かない城内では、草、根、ネズミ、壁土の藁、
牛や馬まで食べつくし、飢え死にする者が続出したそうです。

 

f:id:tabibitokun:20190624181820j:plain

f:id:tabibitokun:20190624181029j:plain

三木城包囲から2年目の1580年、8月1日。
羽柴秀吉はついに総攻撃をしかけ、やがて降伏させました。
この戦いは、その凄まじいまでの城内の様子から
「三木の干殺し」といわれるようになったそうです。

 

f:id:tabibitokun:20190624181251j:plain

タイムスリップで一部始終を見てしまいました。

 

f:id:tabibitokun:20190624181355j:plain

ああ、悲惨な事件でしたね。

城山の階段を降りる気力もなくなりました。
死んだ武士たちの怨念や亡霊が足を引っ張っていたのかもしれませんね。

f:id:tabibitokun:20190624181518j:plain

昔は賑やかだった商店街のアーケードも古びて、
シャッター道りになっていました。
昔の栄華は二度と訪れそうにもありませんね。

突き当たって左側へ歩くと、三木駅があります。
帰ろうとすると小雨がパラついてきました。