西郷どんのドラマ館や史跡巡り
★2018.4.7の旅を思い出している
JR鹿児島中央駅から近い所に建設されているNHK大河ドラマ館へ行く。
道なりには看板や旗が目立ち、西郷さん一色。
二度目は沖永良部への島流し。(最初は奄美大島へ)
投獄された様子を体験できる牢格子のセットがある。
島津久光からやっと許されて牢から出てきた時は、
飲まず食わずで、やせ細って歩くこともままならなかったそうだ。
島津家の嫡男・斉彬といえば・・
父との意見が合ないことに業を煮やした斉彬は、
領主の座をかけて父に歯向かう。
一発の弾を込め、父と交互に頭へ向けて引き金を引くことになる。
決着をつけようとした斉彬のメリケン銃が展示してあった。
ドラマ館お馴染みの主人公と撮影できるセットに立ってみた。
糸さんと西郷さんとは同じ関西人なので親しみがわく。
明治維新、西南戦争といろいろ歴史の変化をとげながら150年になる。
西郷さんのドラマに夢中だが、今ニュースが入ってきた。
NHKは19日、2020年放送の大河ドラマが戦国武将・明智光秀を主人公とした「麒麟がくる」に決まったと発表した。主演は俳優の長谷川博己(41)、脚本は池端俊策氏が務める。
薩摩の歴史すべてがわかる「維新ふるさと館」がある。
観光バスがひっきりなしに到着するので訪れる人が多い。
気温が異常に高かった春なので 桜は散ったが、霧島つつじが美しい。
何処から見ても中央駅の観覧車が見えるので、迷わない。
その傍には西郷隆盛・従道誕生の地がある。
小さな公園に整備されているが、貧乏な薩摩武士といえども敷地は広いものだ。
ここでも野菜を作っていたのだろうか・・ と現実的な思いをえがく。
こんな姿で散歩していたのかな?
歴史家の話によると、愛犬家だが自分の護衛の意味もあったようだ。
180cm以上の大柄な西郷さんは、相撲も強く優しい男だったという。
鹿児島の人たちは、西郷さんと桜島が自慢でとても愛している。
次第に日本国を納めるリーダーとして成長するが、
政治思想にズレが生じて違う道を歩んでしまう。
西南戦争という形で薩摩軍と政府軍に分かれて戦うことになる。
鹿児島の人は、どちらかというと西郷隆盛が大好きなんだろう。
見知らぬ鹿児島市内の道路を運転していると、
至る所に明治維新の頃を偲ばせる印が残っている。
うまいこと信号が赤になり、眼前に建つ銅像をカメラに収めた。
陸軍大将の軍服姿は、上野公園の着物姿よりも恐い感じがする。
いおワールド かごしま水族館
★2018.4.7の旅を思い出して書いてみる
いおワールド かごしま水族館の2階にある大きな水槽は水量1500トン。
まぐろ、かつお、大型のエイなどが悠々と泳いでいる。
魚をみると旅の疲れが回復しそうだ。
水中トンネルを抜けると色とりどりの珊瑚と熱帯魚の水槽がある。
タイミング良くイルカショーが始まるところだった。
選ばれた子供さんがいて、イルカを動かす指示で一斉にジャンプ。
イルカの跳ぶ、泳ぐといった能力を紹介する「イルカの時間」はためになる。
魚かと思えば石に絵を描いている。石アートをやってみたい。
イカやアナゴ、いろんな魚の生態を知ることができる水族館は面白い。
最上階の展望フロアから見る景色。雨上がりの桜島がぼんやり見える。
西郷どんの薩摩・斉彬の仙厳園
★宮崎港から車で鹿児島への旅を始める
2018(H30) 4月5日(木)の夜に、宮崎フェリーに愛車を乗せた。
神戸・三宮 第3突堤から出港(午後7時10分)した。
目覚めれば、4月6日(金)、宮崎・シーガイア辺りの景色が見えてきた
海から見る建造物の景色はきれいだが、今は営業していない。
宮崎港着岸時刻(午前8時40分)
昨夜から低気圧接近で船が揺れ、寝付けず、気分が悪いので朝食は無し。
用意しておいたジンジャエールを飲むと不思議に完治(健康番組の効果かな)
車の出発時間は午前9時すぎ。
★宮崎自動車道→都城インターチェンジ降りて国道10号→
隼人東で一般道路降りる。
そこからは鹿児島空港へ立ち寄る。
ヤマカタヤのレストランで しばしの休憩と昼食タイム。
初めて食べた黒豚はラーメンのチャーシュー、柔らかくて美味しかった。
目指すJR鹿児島中央駅前までだが、途中にぜひ行きたい所がある。
幕末の薩摩を偉大にした島津斉彬の財産ともいうべき「尚古集成館」、
桜島を庭の一部に見立てた美しい景色の別邸・仙厳園に立ち寄る。
これで三度目だが、何度訪れてもいいものだ。
鉄を作るための反射炉跡
島津斉彬は米国・英国の列強から国を守るために奔走した。
その証しが ここ尚古集成館にぎっしりと展示されている。
幕末当時は技術者がいないので、図面を頼りに完成させた武器や文明の利器。
幕府も持たない大砲や銃などの展示が見られる。
背後の山からの水でダムを作り、発電して製鉄所を建設して鉄を作った。
アルコールが必要となると薩摩芋から抽出しそれを利用した。
鹿児島の芋焼酎の銘柄が多く美味しいのは、
薩摩藩を上げて技術を競わせ、研究した成果なのだ。
藩の財政を潤すためにあらゆる蜜貿易をし、莫大な資金を得ている。
薩摩切子グラスは特に目玉になり重宝されたようだ。
戦う時は先手必勝、一撃で相手を叩きのめす戦法がとられた。
大きな声で威嚇するとひるんだところを打ち込む。
島津斉彬はその流派を「自顕流」と命名し、愛好家に伝えられている。
有名な関ケ原の敵中突破の戦法をみても理解できそうな戦い方だと思う。
オーストラリアからの観光客が物珍しそうに「自顕流」の映像を見ている。
薩摩武士の魂を理解できただろうか・・。
日本で初めてガスを灯したのが島津斉彬だと説明を受けたが、
この石灯篭はどうだったのだろうか。
日本庭園は贅を尽くし大きなスケールで美しい。
斉彬の書院
お殿様が毎日散歩していたのなら羨ましいかぎり
上流にダムがあったようだ。
庭園の霧島つつじが満開
雨上がりの庭園からは桜島が見える。晴れなら絶景なのだが恨めしい。
最後の締めは、醤油で甘密の両棒餅(じゃんぼもち)
武士が大小を差しているのを両棒差しとも言っていたことから、
餅に2本の竹串を付けると両棒らしいが、仙厳園の名物餅になっている。
じゃんぼもちというから、大きいのかと思いきや あまりにも小さい(笑)
啓蟄、紅梅が満開。
まもなく暖かい春がやってくるが、桜が咲く頃もひんやりしている。
毎年の花便りにうきうきする。
明石市二見町の御厨神社の境内には、紅白の梅が咲き誇る。
その一角に大相撲の「元 大関琴奨菊関」が植えた桃の木がある。
残念ながら手入れが行き届いていないようで成長に不安がある。
樹木のように そのまま平幕に降下したのも残念の極み。
2022年には部屋の親方になっている。
平安時代の貴族・菅原道真は、
平安京朝廷内での藤原時平との政争に敗れて
遠く大宰府へ左遷されることとなった延喜元年(901年)、
屋敷内の庭木のうち、日頃からとりわけ愛でてきた梅の木・
桜の木・松の木との別れを惜しんだ。
その時、梅の木に語りかけるように詠んだ歌がある。
東風吹かば にほひをこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな